先日
ふとしたことから
ぽいきと仕事の話になりました
僕は仕事が遅いところがあります
それはなぜだろう…
ずっと悩んできたことでもあります
父親がそうだということもあります
なんとなく「遺伝かなあ…」というような感じで
半分「しょうがない」とあきらめ?ながら
半分「遅れないよう、がんばらなければ!」
と思ってきました
だから割と長時間仕事をしても平気だったりして
それを人にも押し付け
短い時間に集中力を発揮するぽいきに対しても
ちょっとイヤな態度を取ったりしていました
考えてみれば
小さい頃
給食を食べるのも遅くて
みんながとっくに終わって
食器を片づけている時にも
一人で取り残されて食べていることがありました
そんなわけで
今のお仕事でも、早くしようと思いながら
終わるのが遅くなる、ということが起きていました
「早くしなさい!」と
よく母親に言われていました
僕は、頑張らなければ!と思っていました
でも
それができるぐらいなら、とっくに治っています
そんなわけで
なぜ治らないんだろう…と思っていると
「そのままでいいよ」ということになりました
ぽいきは僕を責めませんでした
個性というものがあるんだから、それでいい。
「斎藤ひとり」さんという人のお話で
「劣等感を克服する」というシリーズがあるのですが(ユーチューブで聴けます)
その中で、人は親から言われたことをずっと罪悪感や劣等感として持って生きてしまう
そして人は無意識のうちにそれを直そうとして頑張り、
それをまた自分の子どもにも要求して、知らず知らずのうちにウサ晴らししてしまうから
この「コンプレックスの連鎖」はとても根が深く、治りにくい
というお話があります
それを聞いた時のことを思い出しました
仕事が遅いのは、僕の特徴であって
良くも悪くもない
自分がそれを認めてあげずに
自分で「ダメだ」と決めて
直さねば!と思っていた
そして、できないのに「できる」と言っていたわけです
だから
自分にはできない仕事をどんどん抱えて
仕上がりが遅くなっていたのです
できないことは恥じゃない
ダメなことではない
今度から
できることはできる
できないことはできない
そう言って仕事をしよう
そう思いました
でも
話はこれで終わりではありませんでした
その話をしていた時、ある映画が思い浮かびました
それは、「グッド・ウィル・ハンティング」という映画です
(マット・デイモン、ベン・アフレック、ロビン・ウィリアムス出演)
ずいぶん前に観た映画でしたが
その時、主人公の苦悩が自分と重なって、号泣したのを思い出したのです
そして、今問題となっていることも、まさにそこだという気がしたのでしょう
それで、もう一度観よう!と、さっそくレンタルしてきました
複雑な家庭環境の中で、心の傷を受けて育ち
固く心を閉ざした「不良の天才青年」である主人公ウィルが
同じく心に傷を持つカウンセラー、ショーンと
激しくぶつかりながらも、本物の会話を重ねていきます
そしてショーンはウィルに
「君は悪くない…」
と優しく、しかし強く、何度も語りかけます
君は悪くない
この言葉は
僕の心に響き渡りました
そして、幼いころの記憶がよみがえりました
僕は2歳ぐらいのころ、1つ上のいとこと遊んでいた時
僕が遊びたかったおもちゃを取られて腹が立ったので
そばにあったハサミで、いとこの腕を切り付けました
血がいっぱい出て、いとこは泣きだし
母親たちが血相を変えて集まり、救急車が呼ばれました
僕は母親に別室に連れていかれ
「なんでそんなことするの!!」といって猛烈に怒られました
母親は泣いていました
その時僕は、
自分がしたいと思ったことをそのまま表現するといけないんだ
そんなことをすると自分は何をしでかすかわからない
そして母親をこんなに悲しませることになる
怒られる
怒られないようにしよう
そう思いました
自分でもそれが正しいことだと思っていましたし
自分なりにずっとそうしてきたつもりでした
でも、もうひとつのエピソードが頭に浮かびました
小学校1〜2年生のころ
僕は友達と、卑猥な、サディスティックな絵を描きました
それを母親に見つかり、これも猛烈に怒られました
母親は裏に日付と僕の名前を書き、絵を没収しました
僕は絶望的な気持ちになりました
恥ずかしい
でも消すこともできない
許してもらえない
自分が思ったように絵を描くことはいけないことだ
そして卑猥な空想をするのはいけないことだ
と思いました
(でも実際、自分はその後もずっと屈折した性癖を持ち続けました)
しかし
これらのエピソードを、今思い返すと
なぜ自分はそんな絵を描いたのかが気になりました
屈折した女性への欲求は
ハサミでいとこを切りつけて怒られた時
やさしくしてほしくて、それ以来持っているコンプレックスじゃないか
と思えてきました
実は僕がハサミでいとこを傷つけた時
お母さんに
「あなたは悪くないよ!」
…と言って欲しかったんじゃないだろうか
あの時も、今までも
全くそんな風に思ったことはなかった
自分が欲しいからといって、他人を傷つけるのはいけないことだと
当たり前のように思いこんできた
でも
なぜ人が自然に「思う」ことに、「良い・悪い」があるのか
自分が思ったことをなぜ否定したり、隠したり、罪悪感を持たねばならないのか
実はあの時
お母さんはあなたの味方だよ
思ったように生きればいいんだよ
と言ってほしかった
あなたは悪くない!
と…
そんな気がして
ボロボロ泣きました
2歳の経験が
40年近くも影響を与えていたのか
ビビってビビって
何度も繰り返し確認して
「怒られてはいけない」
「間違いはないか」
と、振り返り振り返りちびちび進むので
僕はなかなか仕事がはかどりませんでした
でも
これからは、僕もウィルと同じように
自分に自信を持って生きることができるかもしれない
そんな風に思いました
僕にはできないことがある
たとえ常識では「できて当たり前」のことでも…
これからは、自分にできることをやっていきます
後日
ぽいきに言われて気付いたのですが
この劇的な出来事が起こったのは
ぽいきが新しいブレスレットを作ってくれてから、すぐのことでした
本来はサンプルとして試しで着けさせてもらうのですが
今回はお客様の立場で、自分で購入してみよう
と思って、買って着けていたものでした